食の天草 にじ
- 所在地:熊本県天草市有明町上津浦4185
- 業種:食料品製造業
- 従業員数:13人
- 代表:本田 晴美
- ホームページ:
https://amakusa-niji.com/
天草の美味しい柑橘の商品化を目的に起業した「食の天草 にじ」は、創業から10年を過ぎ、代表者の子息が事業に参画することを機に、“きちんとした会社的な仕組み”の導入を模索。その一環として、現地天草市商工会の手厚いサポートを受け、ジギョケイを策定した。
美味しさにこだわり、特産品の「天草晩柑」を手作業で搾汁
有明海に面し、風光明媚な観光地としても知られる熊本県天草市。「食の天草 にじ」は、この地の柑橘類を中心とした農産物を原料とした食品を手作りで製造しています。
「平成21年に、当地で柑橘を栽培する農家とお客さまとの架け橋になりたいと思い、起業しました。主力商品は特産品の柑橘『天草晩柑』を原料としたジュースやゼリー、シロップです。とくに大きなセールスポイントは、晩柑の搾汁を表皮が持つ苦みが混入しやすい機械絞りではなく、すべて手作業で行い、その美味しさをストレートに味わえる商品に仕上げていることです。そのほかの商品も、原料は天草産のものにこだわり、自分自身が直接農家に足を運び、品質や栽培状況をこの目で確認して仕入れ、女性を中心としたスタッフが“自宅で子どもや家族に食事を作るときの目線”で手作りしております」(本田氏)
将来への不安から、仲間がひとりふたりと去る事態に
現在これらの商品は、工場に隣接した直売所、島内各所のお土産物店で販売されるほか、インターネット通販で広く全国で人気を集めています。しかし創業からの歩みはけっしてスムーズではなかったと、本田氏は振り返ります。
「私の嫁ぎ先はミカン農家で、専業主婦としてジュースやゼリーを手作りして子どもに食べさせてました。そしてその延長みたいな形で、JAの女性部の活動でケーキ作り、ゼリー作りをやってたんです。そうした活動のなかで『こうして手作りしたものを世に出し、もっと多くの人にお届けしたい』と思うようになりました。そこでその女性部の有志とともに、JAのサポートを受け起業することを決めました」(本田氏)
しかし集まった女性たちにはみな家庭があり、家事や子育てにも追われていました。
「当初8人ではじめた起業に向けた活動も、『利益につながるのかどうかわからない』『家族の理解が得られない』といった理由でひとり、ふたりと離れていき、起業時にはわずか3人になっていました。そんな苦労もあったことで、最初の商品にラベルを貼りつけたときは涙が出る思いでした」(本田氏)
「私以外の二人も、先の見えないなかで、辞めてしまいました。しかし私はどうしても、この自分の子どものような商品をもっともっとPRし、育てていきたいという思いが強く、人が足りないときは知り合いに声を掛けて手伝ってもらうなどして、商品作りを続けました。そうした活動が実を結び、商品が売れるようになったのは、起業してから数年が経ったころでした」(本田氏)
天草市商工会の働きかけで、ジギョケイへの取り組みを開始
販売が軌道に乗ってからは、直売所に加え、土産物店への委託や通販など、販路を順調に拡大します。そして令和4年夏、新たなメンバーとして本田氏の子息も事業に加わることになりました。
「これまで無我夢中で事業に打ち込んできましたが、10人以上が働く規模になったこと、さらに息子が仕入れや営業、さらに裏方の事務など私がこれまでやってきた仕事を分担するようになり、そろそろ“ちゃんとした会社的な仕組み”が必要だと痛感するようになりました。人の置かれた環境は、時間の経過によって必ず変化します。子育てが一段落したら親の介助が、そうしているうちに進学でお金がかかるとか、従業員ひとり一人により異なる事情をしっかり受け止めることができる組織でないと、これ以上の拡大はおろか、継続すら難しくなる可能性もあるのです。
そんななか、天草市商工会からの案内でジギョケイの説明会が行われることを知りました。正直、ジギョケイって何かよくわかってなかったんですが、チラシに感染症や天災への対応といった内容が書いてあったので、しっかりとした組織を作る上で必要かなと思い、参加を決めたのです」(本田氏)
この取り組みについて、同商工会経営指導員の舟川慧吾氏は、以下のように語ります。
「令和3年4月から8年3月まで、天草市の2商工会議所と当商工会は、地区内の小規模事業者に対し、自然災害リスク、感染症等リスクへの理解を深め事前対策の必要性を周知し、また発災時の連絡体制の構築と復興支援などを行うためのジギョケイ啓発活動を行っています。この一環として、地域内事業者さま全員にジギョケイを周知し、またセミナーやワークショップ、個別の支援活動を通じ、事業者さまのジギョケイ策定をお手伝いしています。策定実績は令和3年度が7件、令和4年度が8件となっています」(舟川氏)
いままで気づかなかった、すぐそこにある土砂災害のリスク
本田氏がこのジギョケイのセミナーに参加したのは、令和4年10月でした。
「参加はしたものの、実際に動き出すまでには時間がかかり、認定の申請は年が明けた令和5年4月でした。計画作りでまず印象に残ったのが、自分たちには思いもよらなかった天災のリスクです。工場と直売所は廃校になった学校の跡地にあります。海が近い土地ですが、心配なのは、数年に一度襲ってくる台風くらいで、それも強風の被害はあっても高潮とは無縁でした。しかしヒアリングに訪れた専門家は、天草市の防災ハザードマップを示しながら、直売所の向かい側にある事務所の裏山の地盤が脆弱で、大雨で土砂崩れの恐れがあると指摘してくれたのです。そして計画は、大雨のときにどうするかを中心に、事業継続に支障が出る可能性のある感染症対策を含め、まとめてもらいました。具体的には土砂災害のリスクが高まったときの避難経路や避難場所の周知、従業員の連絡網の整備、クラウドへのデータのバックアップなどです。こうして商工会が、リスクの洗い出しから対応策の検討まで全面的にサポートしてくれたことで、ジギョケイの策定と申請はスムーズでした」(本田氏)
じつはこれまでも、事業所には自然発生的にできたLINEの連絡網があり、業務連絡に使っていたといいます。ジギョケイではそれが非常時にきちんと機能するよう、形のあるものとして整備しました。
「なお今後の課題として考えているのは、定期的な避難訓練の実施です。火を使う仕事をしているため、訓練の必要性は感じていましたが、それをおろそかにしていたんです。火事になったときに従業員それぞれがどう行動するか、消火、避難含め、地元の消防署と相談して進めたいと思っています」(本田氏)
想定される リスク |
リスク発生による影響 | 対応策と効果 |
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地震 |
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水害・ 土砂災害 |
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感染症 |
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ジギョケイでB2B事業の信頼性向上、さらには地域おこしも
一方、ジギョケイの策定で事業継続力を強化することは、事業のもうひとつの柱に成長したB2B分野の拡大にも大きく貢献すると本田氏は考えています。
「私たちの工場では、自分たちで原料から加工して販売する商品のほか、全国各地のお取引先さまから農産物を原料とする商品の試作やOEM製造を引き受けています。商品の試作は50本という小ロットから対応できること、OEMは自分たちの商品と同じく丁寧に手作りしていること、さらにHACCPの考え方を採り入れた工程管理が高い評価をいただき、口コミでお客さまも広がっています。もし天災などで事業継続が難しくなった場合、製造直売だけならお店をしばらく休み、再起の準備を進める対応で十分ですが、試作やOEM製造は、お取引先さまにご迷惑をおかけすることになります。事業継続への取り組みをきちんと整備することが、お取引先さまのさらなる信頼獲得に役立つはずです」(本田氏)
さらに本田氏は、もう一歩進んだBCP対策も視野に入れています。
「天草地方には、私たちと同じく手作りにこだわって農産物加工品を製造、販売している業者さまが複数いらっしゃいます。今後はそうした業者さまと横の連携を深め、万一こちらの工場が被災するなどした場合でも、場所をお借りして生産を続けられる体制づくりを進めていければと考えているところです」(本田氏)
そして本田氏が考える未来は、特産品の物販をテコにした、天草の地域おこしと振興です。 「私たちの商品を手に取り、味わっていただき、『この美味しさを生み出したのは、どんな土地なんだろう』と思った方々が天草を訪ねてくれることを心から願っています。そして先にお話しした同じものづくりの仲間たちとの連携も、そうした天草を盛り上げる活動の一環にできれば、とても幸せだろうと思います」(本田氏)
家庭の台所の延長ではじめたものづくりから、本格的な事業に結びついた本田氏の情熱は、ジギョケイをきっかけに地域活性化の取り組みへと発展することになりそうです。