はじめに
令和3年12月21日に、新しく2つの巨大地震による被害想定が発表されました。
今回は、「日本海溝・千島海溝沿い」で発生する可能性のある巨大地震の被害について、東日本大震災の被災状況や復旧推移を基に地理的な季節要因として積雪寒冷時も含めた最大の被害を想定しています。
また、人的被害や建物被害の他にインフラ・ライフライン被害を含めた生活への影響等のほかに防災対策を講じることによる被害軽減効果も示されています。
「海溝型地震」とは何か?~その発生メカニズムに迫る~
地震は、地下で起きる岩盤(プレート)の「ずれ」により発生する現象です。
日本周辺は、4つのプレート(図表1)の境界にあたり海プレートが陸プレートの下に沈み込んでいます。
フィリピン海プレートは年間3~5cm、太平洋プレートは年間8~10cmの速度で動いているためプレートに複雑な力がかかり、ひずみがその限界に達したとき、陸側のプレートが跳ね上がることで地震が発生し、その際に津波も発生する場合があります。
図表1 日本周辺のプレート
出所:内閣府「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震対策の概要」より抜粋
新たに発表された「日本海溝・千島海溝沿い」の地震とは何か?
日本海溝や千島海溝沿いでは、過去に多様なタイプの地震が発生しておりマグニチュード8クラスの大地震や20mを超えるような巨大津波も発生しています。
また発生間隔は約40年(宮城県沖)のものもあり、切迫性が指摘されています。最大クラスの地震は、発生頻度が低いものであっても、仮に発生すれば広域にわたり甚大な被害を及ぼします。
被害想定の条件
今回想定した日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震は、最新の科学的知見から想定される最大クラスの地震と津波で、3つのシーン(夏・昼、冬・夕、冬・深夜)を想定しています。
- ①夏・昼
木造建築物内の滞留人口が1日の中で少ない時間帯で人的被害が少ないと想定される。冬期に比べ迅速な避難が可能
- ②冬・夕
火気使用が最も多い時間帯であり、積雪・凍結により避難速度が低下するため、津波による被害も多くなる
- ③冬・深夜
多くの人が自宅で就寝中の時間帯であるため、避難準備に時間を要するほか、夜間の暗闇や積雪・凍結により避難速度が低下するため、津波による被害も多くなる
数字でわかる、被害想定の結果と対策効果
被害想定の結果は、地震の発生時期や時間帯の前提条件により大きく異なりますが、冬期の被害が拡大する要因として、夏に比べ火気の使用量が増大することや屋根への積雪、避難路の凍結による避難時間の増大となります。
東北地方太平洋沖地震の教訓から最大クラスの津波に対しては、避難を軸にした総合的な津波対策が必要とされています。例えば、人的被害において避難意識を改善することにより津波からの早期避難が図られます。
また、建物の耐震化等の防災対策を講じることで日本海溝モデル(冬・深夜)、千島海溝モデル(冬・深夜)ともに被害の8割を減少させることが示されています。
図表2 日本海溝モデルにおける津波による死者数
項目 |
夏・昼 |
冬・夕 |
冬・深夜 |
津波による
死者数 |
早期避難率が低い |
約145,000人 |
約162,000人 |
約199,000人 |
早期避難率が高い |
約6,000人 |
約16,000人 |
約47,000人 |
図表3 千島海溝モデルにおける津波による死者数
項目 |
夏・昼 |
冬・夕 |
冬・深夜 |
津波による
死者数 |
早期避難率が低い |
約90,000人 |
約94,000人 |
約100,000人 |
早期避難率が高い |
約22,000人 |
約30,000人 |
約44,000人 |
※日本海溝モデル、千島海溝モデルともに
内閣府「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定について」から一部抜粋し筆者が加筆
経済的な被害においては、最大クラスの津波を想定しているため被災地の建物やインフラ等への被害量が大きく資産等の被害軽減効果は小さいものの防災対策の実行性を高めることで、生産・サービス低下による全国への経済的な影響は、防災対策が「なし」に比べ「あり」の場合、日本海溝モデルでは約7割以上減少し、千島海溝モデルでは約8割以上減少すると示されています。
また、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定では、中小企業等においても防災対策を検討し備えることを求めており、防災対策の検討材料として被害の様相や主な防災・減災対策について示されています。
図表4 日本海溝モデル・千島海溝モデルにおける生産・サービスの低下による影響
|
被害額(対策なし) |
被害額(対策あり) |
日本海溝モデル |
約6.0兆円 |
約1.5兆円 |
千島海溝モデル |
約4.0兆円 |
約0.6兆円 |
※日本海溝モデル、千島海溝モデルともに日本海溝・千島海溝沿いの
巨大地震の被害想定から一部抜粋し筆者が加筆
有効な防災対策として注目を集める事業継続力強化計画
従来のBCP(事業継続計画)よりも作成が簡単で、作成した計画を地域経済産業局へ申請し認定を受けることで、税制優遇や補助金の優先採択等のメリットのある「事業継続力強化計画」ですが、同計画の認定件数は35,000万件(2021年11月末)を突破した。
この認定件数の増加の背景には、中小企業にとって「作成がしやすい」ことと、「補助金の優先採択などのメリットがある」ことがあるが、同計画を策定した企業からは「自社に足りない防災対策を確認できた」等の声もある。
事業継続力強化計画を策定することは、中小企業にとって“防災対策のはじめの一歩”となっていることは間違いない。
今回のシミュレーションで示されている地域の中小企業には、是非とも事業継続力強化計画の策定をオススメしたい。
【プロフィール】
小沼 耕一 |
独立行政法人中小企業基盤整備機構アドバイザー |
中小企業診断士 |
特殊用途の検査装置や加工装置の開発、品質管理、不動産の企画や営業を経験。現在は、新規事業展開、BCPや連携事業継続力強化計画策定、各種補助金申請等の支援を行う。