1.はじめに
新型コロナウィルス感染症が猛威を振るい続けています。日本でもワクチンの接種が徐々に進んでいますが、緊急事態宣言の発出なども繰り返され、コロナとの戦いの出口はまだまだ見えてきません。多くの中小企業にも深刻な打撃を与えている新型コロナですが、感染症の世界的大流行、いわゆるパンデミックが経営にとってこれほどの脅威になると思っていた人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。
感染症で直接的な被害を受ける経営資源はヒトですが、新型コロナでは観光業や飲食業などの客足が途絶えて売上が激減し、他の業界でも経済活動の停滞によって、多くの企業が資金難に陥りました。また、国内外からの原材料や部品の調達にも影響が出ました。テレワーク環境の未整備によって業務が停滞したり、在宅勤務に伴う情報セキュリティリスクが増大したりもしています。
パンデミックの脅威から会社と従業員を守るには、計画的に対策を講じていくことが必要です。感染症の流行初期から収束期までを通して、企業に求められる対策について考えてみましょう。
2.感染症リスクにおける留意点
(1) 広域・グローバルな影響
感染症の流行は、都市から都市へ、さらに周辺地域へといった具合に、人の流れに乗って全国に拡散します。また、グローバル化が進み、世界が一体化した現在、瞬く間に地球全体に広がってしまいます。直接的な影響を受けない国や地域があったとしても、対岸の火事ではすみません。主要な販売先や仕入れ先が流行地域にあったらどうなるでしょう。需要の減少やサプライチェーンの分断によって、パンデミックは世界経済に大きな影響を及ぼすのです。
(2) 政策の影響
感染症リスクの想定においては、国や自治体の政策の影響を大きく受けるということを考慮するべきです。感染拡大の過程では、非常事態宣言と事業活動の自粛要請などが、復興局面への移行の過程でも、Go Toトラベルキャンペーン等の需要喚起策などが例に挙げられますが、いずれも企業の経営と業績に大きな影響を与えるものです。
3.感染症の発生段階に応じた対策
感染症への対策は、具体的にリスクを想定したうえで、事前対策、事後対策と感染症の発生・流行の段階に応じて検討します。事後対策については、さらに時間の経過を4つのステージに分けて考えます。3つの「密」を避けるという基本を念頭に置きながら、感染症リスクの発生段階に応じた対策について、ヒト・モノ・カネ・情報という経営資源の観点から、順次考えて行きましょう。対策の検討に当たっては、内閣官房でまとめている業種別ガイドライン等も参考にしてください。
(1) 事前対策
平時における感染症流行への備えが非常に大切です。感染者が発生した場合に優先すべき事業や業務について、平時から検討しておくことも有効です。
- ヒト
-
- 感染症予防マニュアルの作成・実行(手洗い、咳エチケット、換気、消毒等)
- 感染者発生時、学校閉鎖時等のマニュアル作成(自宅待機の従業員との連絡方法、欠員のサポート体制等)
- 適切な労働安全衛生管理の取組、感染症に関する社内講習会
- 感染時に備えた従業員の多能工化
- モノ
-
- 社内感染者発生時に優先する業務や商品の検討
- マスクや消毒液等の備蓄
- 換気設備の設置
- 代替拠点・代替生産の環境の整備
- カネ
-
- 危機時を見越した資金の確保
- 感染症に対応した保険への加入
- 公的支援策の確認
- 金融機関との日常的なコミュニケーション、保証協会との予約保証の締結
- 情報
-
- 経営管理書類の整備
- 感染症情報の収集と従業員への共有
- IT/テレワーク環境を整備するための情報収集
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
(2)事後対策
感染症が流行してからの事後対策です。事後対策は、①国内感染者発生時、②社内感染者発生時・自粛要請時、③警戒期間、④収束途上期の4段階に分けて考えます。
①国内感染者発生時
まずは、国内での感染者が発生しているが、自社では未だ感染者が出ていない時期における対策です。この時期でのポイントは、従業員の健康管理の徹底による感染防止です。また、需要の減少に対応するビジネスモデルの修正も検討されます。
- ヒト
-
- 健康管理の徹底
- 勤務形態、業務の見直し
(時差出勤、テレワーク、交代出勤。出張の抑制、リモートでの会議・顧客訪問)
- 現場業務の体制見直し
(2m間隔の人員配置、工程ごとのゾーニングなど)
- モノ
-
- マスクの支給、消毒、換気の強化
- テレワーク機材導入
- 需要減少に対応するビジネスモデル修正
- 業態転換の実施
(テイクアウト、デリバリー、通販など)
- 作業環境の改善
(換気、アクリル板等による仕切り、工具類の個人専用化など
- カネ
-
- 当面の資金繰りの精査
- よろず支援拠点や商工団体への支援策の相談
- 公的金融機関の活用
- 金融機関に対する既存債務の猶予・条件変更や、新たな運転資金の相談
- 公的支援策(各種給付金、助成金等)の申請
- 情報
-
- 在宅勤務者との定期連絡と情報共有
- テレワーク時の情報漏洩の注意喚起
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
広島の内装仕上げ工事業㈱シンク・タンクは、平成26年と30年の西日本豪雨の経験を踏まえてテレワークを導入しました。クラウドサービスの利用により、出社しなくてもデータにアクセスできるようになったことで、新型コロナウィルスの感染拡大にも対応できました。さらに、協力関係にある同業他社と共に連携事業継続力強化計画を策定することで、安心感を確実なものにすることができました。これらの取り組みが地元メディアに紹介されたことがよいPRになり、銀行からの信頼も増すことになりました。
*事例紹介「テレワークの導入が自社PRにも貢献」に詳細を掲載しています。
②社内感染者発生時・自粛要請時
次に、社内感染者が発生してしまったり、行政等から事業活動の自粛要請を受けたりしてしまった局面での対応を考えます。立ち上げた感染症対策本部の下に、一定期間の休業の検討及び実施や、計画的な雇用調整といったことを行うことが必要になります。
- ヒト
-
- 感染症対策本部の設置
- 保健所・医療機関の指示に従う
- 感染者・濃厚接触者の出勤禁止
- 勤務場所の消毒
- 休業の検討・実施
- 雇用調整の検討・実施(対象者、休業手当支給、期間等)
- モノ
-
- カネ
-
- 当座の運転資金確保
- 公的助成金、自粛協力金、公共料金減免等の申請
- 雇用調整助成金の申請
- 情報
-
- 顧客や取引先に対する休業の連絡
- 休業中は定期的にホームページ、SNS等による近況発信
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
観光ホテルには、新型コロナウィルス感染症の緊急事態宣言により施設の営業時間の短縮等の対応を取ったものの、予約のキャンセルが相次ぎ、やむなく一時休業に至ったところもあります。しかし、休業中も営業再開に向けて、職員の衛生管理や施設内の感染防止を徹底するとともに、これらの取り組みと宿泊客に対する感染予防への協力のお願い、食事内容やレストランの営業時間の案内等について、ホームページやSNSによる発信に努めたりしています。
③警戒期間
感染の拡大が一応のピークを越えて、一進一退の状況となっている警戒期間においいては、事業の本格的な再開に向けた準備が課題となります。
- ヒト
-
- 交代勤務(出勤曜日・時間を分散、出勤・在宅勤務のローテーション)
- 出勤時の「3密」回避
- 感染の収束状況や需要に応じた事業活動の段階的な再開(要員の確保等)
- 業務効率向上と両立出来る新たな業務形態の確立(時差出勤、テレワークの継続)
- モノ
-
- 業種別感染予防ガイドラインに沿った対応(アクリル板設置による飛沫防止対策、空間確保のためのレイアウト変更等)
- ビジネスモデルの復旧または改善(業務効率化やアライアンスの拡大)
- カネ
-
- 感染防止投資に係る補助金等の申請
- ビジネスモデル転換に向けた資金調達
- 情報
-
- 顧客や取引先に対するホームページやSNS等を活用した事業再開、感染防止策情報の発信
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
④収束途上期期間
感染の収束途上期において、新たな生活様式による需要に対応したビジネスモデルへの転換に成功すれば、今後の市場での競争上、優位なポジションを獲得することも期待できます。
- ヒト
- 交代勤務やテレワーク等を踏まえての
- 交代勤務(出勤曜日・時間を分散、出勤・在宅勤務のローテーション)
- 人事評価手法の改革
- 人材教育計画の変更
- 業務プロセスの改革
- ワークフローの見直し
- モノ
-
- ビジネスモデルの転換
(新たな生活様式に伴う需要への対応)
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
ビジネスモデルの転換としては、例えば、飲食店がアプリと連携した配達やテイクアウトでの弁当販売を始めたり、学習塾がオンラインでの講義や指導に取り組んだり、といったことが挙げられます。
*ニューノーマルな環境に合わせたビジネスモデルへの転換については、
コラム「コロナ禍、事業再構築の方向性と中小企業の生き残り術」でも、紹介しています。
4.継続的な改善
- ヒト
- 交代勤務やテレワーク等を踏まえての
- 染症対応経験の振り返り
- 感染症に関する行動ルールの見直し
- 感染症対応訓練の実施と振り返り
- モノ
-
- 迅速な対応を妨げる設備や仕組みの洗い出し
- 今後の環境に合わせたビジネスモデルの転換
- 情報
-
- 感染症対策実施における情報システムのボトルネックの抽出と対策実施
「事業継続力強化計画策定の手引き」を基に作成
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
浜松のばねの設計・製造業沢根スプリング㈱は、東日本大震災後に県外の同業4社と生産委託、人的支援、物的支援を目的に相互応援協定を締結するなど、事業継続力の強化に取り組んで来ました。同社では新型コロナ感染防止策として、マスクや消毒液の備蓄や配布、業者受取品の非対面化の仕組みの構築、机上の飛沫防止板の設置などを行いました。社員とその家族には社内報で活動を知らせて、感染防止に協力してもらっています。また、ビジネス用のチャットとWeb 会議を組み合わせて、安全と生産性向上の両立を図っています。これらの取り組みを一過性のものにしないように、社内のBCP委員会が事業継続計画に組み込んでいます。
さらに同社では、長時間のマスク着用で「耳が痛い」という人たちの声に応えるために、これまで培ってきたバネの製造技術を活用して、マスクのヒモに引っ掛けて痛みを和らげるグッズを開発しました。誰でも使えるような形状を設計し、安価な製造方法を工夫しました。
5.おわりに
新型コロナウィルス感染症の大流行にも、やがて終わりは来るでしょう。しかし、いつまた別の感染爆発が起こるかわかりません。温暖化などによって自然環境の変化が著しくなっています。グローバル化によって世界は一体化し、人の移動も止められません。21世紀に生きる我々は常にパンデミックの脅威にさらされているのです。
今回のコロナ禍は、パンデミックが事業継続にとっても大きな脅威であることを、改めて教えてくれました。2020年10月以降、事業継続力強化計画(中小企業向け簡易版BCP)の認定対象にも、感染症リスクが追加されました。コロナ対策を一時的なものに終わらせず、感染症の流行に備えるための計画の策定とブラッシュアップに努めましょう。
また、感染症対策においても自社単独で取り組むより、複数企業が連携した方が、有効な手立てを素早く取りやすくなります。他の企業と連携しての対策についても、ぜひ検討してみてください。
参考
【プロフィール】
福泉 裕 |
独立行政法人中小企業基盤整備機構チーフアドバイザー |
中小企業診断士 1級販売士 |
素材メーカー勤務を経て独立。東日本大震災後に神奈川県「中小企業BCP指導体制整備事業」にて、BCP指導者育成研修の運営を担当。その後もBCP(事業継続計画)や事業継続力強化計画の策定・運用をはじめ、中小事業者の強靱化支援に努めている。