株式会社ホテル松本楼
- 代表取締役 松本光男
- 旅館業
- 群馬県渋川市伊香保町伊香保164-2
- 1964年11月創業
遥かなる万葉の時代から歌に詠まれ親しまれてきた伊香保温泉。ホテル松本楼は温泉街の入り口で55年以上続く老舗。400年以上前に作られた風情ある石段で知られる当温泉街は、山の斜面に大小の旅館が立ち並んでいる。落雷がとても多い土地で、火事が起きると狭い坂道に消防車が入れず、鎮火に長時間かかってしまう。そういったことから、災害への対策は従来から入念に行ってきた。日頃は業務が忙しく、なかなか時間が取れなかったが、新型コロナウイルスの感染拡大による2か月間の自主休業中に、これまでの防災や危機管理へ取組を生かし、事業継続力強化計画を取りまとめ申請することができた。
重点対策 | 主な対策や変化 | 防災や減災効果・経済効果 |
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防災・危機意識の向上 | SNSを使い、連絡網の整備を行った。 | LINEで職制に応じたグループを作り、連絡網を使い分けるようになった。 |
頻発する落雷による停電や火事への対策を改めて見直し、避難訓練などの具体的なアクションに落とし込んだ。 | 年8回、避難訓練を実施し、従業員の防災意識の向上を図ることができた。 | |
新型コロナウイルス感染防止のため館内案内の見直しを実施した。 | 顧客との接触回数の削減とタブレット導入によるサービスの向上を実現している。 | |
従業員の多能工化とデータのバックアップ強化 | 従業員の多能工化(マルチタスク化)を推進している。 | 繁忙期にもアルバイトや派遣社員を増員せずに乗り切り、経営的にもプラスにつながった。 |
財務情報などは、データ保全のため定期バックアップ作業を行っている。 | 本社事務所内の財務情報、人事労務管理情報等は、毎日バックアップを取っている。また、クラウド化にも対応した。 | |
温泉組合や金融機関との協力体制を強化 | 伊香保温泉全体を避難所として活用できるように市と提携を行った。 | 災害時の対応を渋川市や温泉街全体で考えられるようになった。 |
保険や資金に関する細かい見直しを実施した。 | リスクファイナンスの再検討や深い理解につながった。 |
防災・危機意識の向上
新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに連絡網の整備へ
万が一館内で感染が起きた場合の行政への連絡体制を整備し、対応方法を従業員に浸透させるためLINEのグループを作成した。職制に応じて3系統の連絡網を作り、防災連絡も含め業務がスムーズに動くように構成した。
年8回、避難訓練を実施
落雷がとても多いこの地域では、火災が起きやすいので避難訓練は怠れない。毎年4月と10月の昼と夜、本館と別館合わせて8回、宿泊客がいる営業中でも避難訓練を実施。日頃から防災意識を高めているおかげで地元消防団に加入した従業員も出てきている。「防災意識」を従業員の人事評価項目にも入れ、意識向上につとめている。
タブレット導入による非接触型のご案内に
新型コロナウイルスの感染拡大で宿泊客への説明事項がとても多くなったことと、接触をできるだけ避ける必要から、館内のご案内を全て見直した。タブレットを全室に導入し、館内施設の混雑状況、避難経路などをいつでも見られるようにする。また、タブレットで館内施設の予約や注文もできるようにし、非接触化とサービス向上を同時に進めている。

従業員の多能工化と、データのバックアップ強化
従業員の多能工化(マルチタスク化)で経営改善の効果も
従業員には、入社時に研修で各部署を一通り回らせ、その後も年2回の人事異動であらゆる職種を経験してもらい、どんな業務もこなせるように多能工化(マルチタスク化)を図っている。そのおかげで繁忙期でも派遣社員やアルバイトを増員せずに乗り切ることができ、結果的に人件費を大幅に削減できた。それは賞与などの形で従業員に還元を考えている。慣れない臨時スタッフにできるだけ頼らず、避難訓練を経験している従業員ばかりだということは、防災の観点からも心強い。

避難訓練を経験している従業員ばかり
同業者の被災経験を教訓に、データ保管を徹底
北海道の同業者より、北海道東部胆振地震の際に長期にわたる停電でパソコンに入れたデータにアクセスできなくなるという苦労話を聞いた。それをきっかけに、顧客データは国内のクラウドに移行し災害時にもデータへアクセスできるようにした。保存する手順を取り決めて、毎日、サーバー内の財務情報、人事労務管理情報などのデータのバックアップを行い、クラウド化にも対応している。また、停電の発生に備えて地域の避難所として機能できるよう、無停電電源装置及び自家発電設備等の導入を検討している。
温泉組合や金融機関との協力体制を強化
防災協定で温泉街の活性化を
火事や設備トラブルなどによる他旅館の宿泊客の受け入れをこれまでも行ってきた。災害時の避難所として温泉街の施設が活用できるよう、渋川市に働きかけて、渋川市と伊香保温泉旅館協同組合で、防災協定を結ぶことにした。
有事に対応するリソースの確認
平時より地元業者から仕入れているので、災害時に外部との流通が遮断された場合でも、食材や燃料を確保できた。また災害時には温泉街で食事の供給ができる体制も構築中。宿泊客用の防災グッズも用意し、災害時の避難所としての機能強化も具体的に推し進めている。

オムツ入りの自動販売機を設置
事業継続に不可欠なリスクファイナンスの再確認
長年にわたり建物の増改築を繰り返したため、保険の範囲がわかりにくくなっていた。保険内容を検証し、無駄なく効果的な補償内容に見直すことができた。財務に関しても、災害時の融資について金融機関と取り決めを行うことができた。
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従業員への周知方法
年一回行う経営方針発表会で事業継続力強化計画の説明をし、全従業員に周知。さらに月一回の全体ミーティング、週一回の管理職会議では、防災・減災についての具体的なディスカッションを行い、決定事項はLINEで全員と共有している。また、前述したように、「防災意識」を人事評価項目に組み入れ、意識向上が会社から評価される仕組みを整備している。
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苦労した点・工夫した点
旅館の建物は、長年の間にさまざまな施工会社による増改築を繰り返していた。そのため、保険の見直しや耐震設備の検討の際、整理されていないたくさんの図面があり、施設の現状把握がとても大変だった。また、保険はどの範囲までカバーされているか、非常にわかりづらく、専門家にリスクファイナンスの説明会を開いてもらうなどの対策を行った。
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今後の展望
まずは、無停電電源装置と自家発電設備をいち早く導入したい。また、コロナ禍の中、ただ手をこまねくのではなく、従来の旅館業の殻を破り、低カロリー食、離乳食、ハラールやビーガンなど、さまざまな食事を作り、それを他の旅館に提供するほか、旅館業のコンサルタント業など、業務の多角化も視野に入れている。連携事業継続力強化計画にも興味がある。自分たちの働きによって、伊香保の温泉街がより活性化できるよう貢献していきたい。