事業継続力強化計画やBCPは、自然災害の防災・減災対策だけではなく感染症を想定した計画策定や取り組みについても対応しています。新型コロナウイルス感染症の流行が長引くなか、中小企業の事業再構築や事業継続について考察していきます。
感染症の流行で変わる消費者ニーズ
新型コロナウイルスの影響でビジネスを取り巻く環境が大きく変わりました。自粛要請や生活様式の変化を大きく受けたのが、旅行、航空、ホテル、鉄道などの移動を前提とした業界や、物理的な集客を前提としているレジャー、百貨店、居酒屋などです。今なお厳しい状況が続いています。そんななか、集客が売上を左右すると考えられる家電量販店の傾向から消費者動向を分析します。
経済産業省「商業動態統計」を見てみましょう。2020年9月の落ち込みが、ぱっと目に飛び込んできます。前年同月比増減を示していて、これは新型コロナウイルスの影響というよりは、2019年の消費税増税前の駆け込み需要との対比で下落したものです。新型コロナウイルスの影響としては、2020年3、4月の落ち込みを指摘できます。本来、進学、会社の異動などで需要が見込まれますが、「営業時間の短縮や休館」などで売上が減少したと考えられます。ただし、全般的にグラフを見る限りコロナ禍であっても順調に売上を伸ばしています。理由は次の通りです。大型家電量販店は、外出自粛等の影響を受ける一方で、巣ごもり需要によって家電・家事用品などのニーズが高まりました。加えてテレワーク需要が追い風となり、エアコンやノートPCなどの需要を取り込むことができたからと考えられます。
しかし一方で閉店する店も出てきています。好調なのは郊外店であって都市部は売上が減少し維持するのが難しくなってきました。消費者の移動範囲が狭まり、自宅周辺での購買行動にシフトしたことを示しています。新型コロナウイルスが与える影響として、人の流れが変わり消費パターンが変わりました。見方を変えれば、コロナ禍ゆえの需要が生まれていると言えそうです。そうした消費者ニーズの変化にもう少し着目していきます。
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- 外出自粛
- 自宅周辺への外出
- 郊外と都市の逆転現象
- 巣ごもり需要
- テレワーク需要
総務省の「家計調査(二人以上の世帯)」によると、コロナ前と後で消費行動の大きな違いが鮮明になっています。新型コロナウイルスの影響のない2019年と2021年を比較して実質増減率で大きなマイナスとなっているのが、パック旅行費(▲82.7)、飲食代(▲76.8)、航空運賃(▲71.2)などとなっています。外出が制限され飲食代を大きく減らす一方、家計消費の上昇率が高まった食品があります。ウイスキー、鯛、うなぎの蒲焼などの高級食品です。外食が減るなか、家の中では少し贅沢をしたいとする消費者心理がうかがえます。
個人消費の傾向をまとめると、テイクアウトが一般的なハンバーガーや冷凍調理食品の購買が増え、内食(家庭食)のプチ贅沢化がトレンドとなっています。加えて、インターネットを活用した出前、食料品、家具、医薬品、デジタルコンテンツの購買が増加しています。
出所:総務省統計局「新型コロナウイルス感染症により消費行動に大きな影響が見られた主な品目など」
https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_rf1.pdf
出所:【家飲みでプチ贅沢?】withコロナにおける食品市場の変化を探る
https://www.meti.go.jp/statistics/pr/rikatuyou_20210305/rikatuyou_20210305.html
出所:新型コロナウイルス感染症で変わるネットショッピング
https://www.stat.go.jp/info/today/162.html
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- 外食から中食&内食へ
- テイクアウトとプチ贅沢化
- インターネットショッピングの増加
事業再構築と事業継続
政府は1兆1485億円の予算を投じて、事業再構築補助金を開始しました。事業目的は次の通りです。
「新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し、当面の需要や売上の回復が期待し難い中、ポストコロナ・ウィズコロナの時代の経済社会の変化に対応するために中小企業等の事業再構築を支援することで、日本経済の構造転換を促すことが重要です」
文面からも分かる通り、経営そのものを変化に対応させることが課題となっています。
ここからは、中小企業白書等を参考に、事業のあり方、進め方について整理をします。白書において商品と市場をそれぞれ既存と新規にわけて、事業の見直しなどの取り組みをまとめています。ここでは、その視点を参考に整理をしました。図の色ついた部分を見てください。縦軸に「市場」を取り、既存と新規に分けます。横軸に「商品(製品・サービス)」を取り、既存と新規に分けます。このマトリックスを見ることで事業の見直しや進め方のヒントにしていきます。
例えば左上(市場浸透)では、今のお客様に今ある商品を買っていただく方策を考えます。市場浸透は、既存事業を示しており、すべての出発点となります。消費者行動が大きく変わった状況においては、新しい生活様式などを念頭に新商品を開発したり、市場を変えたり、その両方を行うことで事業を進めていきます。市場と商品の組み合わせは4パターンに整理され、それぞれの特徴は次の通りです。
市場浸透 |
既存のお客様に既存の商品を提供。既存事業の強化。
例:アフターサービス、ファンづくり |
新市場開拓 |
既存の商品を新規のお客様に提供。エリアや客層の拡大。
例:BtoBからBtoC、またはその逆 |
新商品開発 |
既存のお客様に新商品を提供。ニーズにあった新商品開発。
例:既存商品の機能追加・グレードアップ |
新事業(多角化) |
新商品を新規のお客様に提供。 |
市場と商品の関係に対して、どういった方法で成功に導くのかをセットで模索する必要があります。具体的には新しい生産・流通・技術・売り方などの切り口で考えると良いでしょう。実際に、コロナ禍で生き残りをかけて、様々な取り組み事例がまとめられています。それらから、「どうやって」の部分を『2021年版「小規模企業白書」』の事例から列挙します。既存・新事業固有の取り組みはありますが、全般的にどのパターンにあってもこの「どうやって」は参考になると思います。
「どうやって」の事例とヒント
- 市場浸透
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- 出汁茶漬け 網元茶屋 飲食店
- 地元需要の喚起のため同業者にノウハウ(ハモの骨取り)を提供し消費拡大につなげる。
動画の活用、漁業者連携。飲食店がSNSでつながり、共同で新メニュー開発。
- 北映 Northern Films 制作会社
- 困っている店舗に無償でサービス(動画制作)を提供し、地元メディアにも取り上げられ認知度を高めた。地域とのつながりが強くなり売上を伸ばした。
- 奉還町商店街振興組合 商店街
- 他店を紹介し商店街の回遊性を高める集客イベント(他店のレシート提示で特典付与)を実施して売上を伸ばす。店主同士のつながりも強まった。
- 新市場開拓
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- 株式会社ダルマン「ムジンノフクヤ」古着店
- 古着のインターネット販売を手掛けてきたが、無人店舗を出店。24時間営業、非対面型、古着のリメーク、500円単位の価格設定などの工夫がマスコミに注目される。顧客のニーズを知るために連絡帳を用意し店舗の改善につなげる。
- オステリアメタメタ イタリア料理店
- 行政情報や補助金を活用して、大阪から地方へ移住。店のコンセプトは変えずに営業し、リピート客を増やした。
- 新商品開発
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- だしダイニング楓 飲食店
- 感染症流行下、店内飲食は休業しテイクアウトのみの営業にシフト。冷めてもよく売れるテイクアウトメニューを開発した。コンセプトを崩さず、コスト削減や単価の見直しを行った。
- 株式会社大人ウェディング レンタル
- (ウエディングドレスの)レンタル期間を延長して、パーティを小規模で複数回に分けて開催したいというニーズに応えた。妊娠対応、豊富な種類・サイズをそろえ、他店との差別化を図った。
- テクナード株式会社 繊維工業
- 消臭・吸湿機能製品を製造・販売している。感染症流行を契機に、呼吸がしやすい、嫌な臭いがしない、眼鏡が曇りにくいといった機能を備えたマスクを開発。ユーザーに評価された。金管楽器等を演奏できるマスクを開発し、ニッチ市場で売上を安定させた。
- 新事業(多角化)
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- 山本製作所有限会社 切削加工
- 非接触・マスク需要に着目。タッチレスツール「しっぽ貸し手」を開発しBtoC 事業へ進出。自社ECサイトで販売。開発ストーリーを顧客に届けてヒットにつながった。
- 有限会社砂原石材 墓石工事
- 事業者向け製品を改良し家庭用「溶岩プレート」の販売に進出。自社ECやECモールを活用して販売。社員教育や組織体制を見直して売上を伸ばす。
出所:小規模企業白書
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/syoukiboindex.html
成功事例におおむね共通する内容としては、お客様のニーズを観察して、それに沿った商品や市場の再設定を行っていること、そしてそれを実現するための「どうやって」の工夫や新しい取り組みが見て取れます。従来から指摘されている同業者やサプライチェーン上の連携(助け合い)が、付加価値の創造につながり新たなニーズを取り込んでいます。連携によって情報発信力につながるケースも多く、マスコミ報道や口コミに寄与し中小企業の課題となる販路拡大につながっています。国がすすめる連携事業継続力強化計画を策定することでも、コロナ禍における事業再構築のヒントがつかめます。
日本政策金融公庫の事例では、「想い×連携」という分類がなされており、厳しい状況下にある今だからこそ想いを大事にして様々な関係者と連携することの意義に気づかされます。クラウドファンディングを活用した応援消費も広がりを見せています。事業の見直しや推進するにあたって金融機関や支援機関など外部リソースをうまく活用している事業者も取り上げられていました。
感染症流行下の非常事態にあって、まさに経営手腕が明暗を分けています。事業の柔軟な見直しや果敢な取り組みは、ポストコロナにおいてもますます中小企業の生き残りに求められます。中小機構では、企業が緊急事態に負けないための強さとしなやかさを備えていただくために、中小企業強靱化法に基づく支援メニューを用意しています。
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連携(同業者、サプライチェーン等)、連携による情報発信、動画・SNS活用、無償提供、他店紹介、回遊型の集客イベント、特典付与、テイクアウトシフト、メニュー開発、期間延長、少人数複数開催、24時間営業、非対面型、無人店舗、わかりやすい価格設定、お客様の声ノート、非接触、タッチレスツール、BtoC進出、ECサイト、開発ストーリー、想い、社員教育・組織体制の見直し、クラウドファンディング、金融機関・支援機関活用、連携事業継続力強化計画、強靱化支援
【プロフィール】
千種 伸彰 独立行政法人中小企業基盤整備機構 中小企業アドバイザー
阪神淡路大震災の時にはテレビ朝日『ニュースステーション』のディレクターとして現地から報道。東日本大震災では中小企業診断士として復興支援活動を行う。一般社団法人板橋中小企業診断士協会において板橋区簡易型BCP策定支援を行う。