被災地の「今」から考える、事業を未来へつなぐ備え

被災地の「今」から考える、事業を未来へつなぐ備え
▲ 輪島市門前町黒島周辺の隆起した海岸(2026年8月、視察時撮影) 
〜令和6年能登半島地震の被災事業者と仮設施設を訪ねて〜
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震から、2年半あまり。2026年8月、中小機構災害対策支援部の若手職員が、能登地域の復興状況を学ぶため、北陸本部の復興チームに同行して能登地方を訪れました。被災地域や中小機構の助成した仮設施設を視察するとともに、今も現地で事業を続ける被災事業者のお二人にお話を伺いました。今回は、視察の様子と、お二人の経験から見えてきた「平時からの備え」と「人とのつながり」の大切さをご紹介します。
目次
能登の「今」を訪ねて
仮設施設が支える事業と地域の日常
二度の被災から学んだ備えの大切さ —— 衣料品店「シモグチ」
日頃のつながりが、歩みを支えた —— 仮設施設で営業する「幸福さん」
最後に

能登の「今」を訪ねて

2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、石川県の輪島市と志賀町で最大震度7を観測しました。内閣府の公表資料によると、この地震による死者は720人を超え、住家被害は全壊6,500棟超を含む2万3千棟以上に及んでいます。道路や上下水道、港湾、漁港などの社会インフラにも大きな被害が生じ、地域の事業活動や暮らしに深刻な影響を与えました。

視察を行った2026年8月、現地では復旧・復興に向けた取組が進む一方で、道路や建物には今も災害の爪痕が残り、復旧の途上にある地域の姿がありました。
▲ 国道249号沿いの被災状況(珠洲市真浦町)
▲ 被災した伝統建築物群(輪島市門前町黒島地区)

仮設施設が支える事業と地域の日常

珠洲市、能登町、輪島市、穴水町、七尾市、志賀町では、被災した事業者の事業再開を支える仮設施設が整備されています。中小機構は、自治体が実施する仮設店舗や仮設事務所などの整備に対して助成を行うとともに、施設の設計や整備、管理に関する助言を行ってきました。供用開始後も、職員が現地の状況を確認しながら、入居事業者の事業再開や本設での再建に向けて対応するとともに、必要に応じて専門家による助言も活用し、自治体や地域と連携して支援を続けています。

視察した仮設施設では、被災した事業者が今も営業を続けているほか、新たな施設の整備も進められていました。仮設施設は、営業再開の場にとどまらず、顧客との接点や地域の日常をつなぎ、本施設での再開まで事業やなりわいを支える拠点となっています。
▲ 仮設施設で営業する「すずなり食堂」(珠洲市)
▲ 整備が進む「あなみずリバーテラス」(穴水町)
今回は、輪島市門前町の總持寺通りで営業を続ける2つの事業者に、発災時の状況や営業再開までの歩み、過去の災害経験を踏まえた備えについてお話を伺いました。被災を経験したからこその言葉から、事業を未来へつなぐために平時から何を備えておくべきかを考えます。

二度の被災から学んだ備えの大切さ —— 衣料品店「シモグチ」

▲ 「シモグチ」の店舗外観(3代目店主 下口さん)
輪島市の總持寺通り商店街で総合衣料品店を営む「シモグチ」は、店舗での販売に加え、ECサイト「SIMO-SHOP」での販売や、サービスエリアなどへの卸売も手がけています。3代目店主の下口十吾さんは、自身のYouTubeチャンネル「15Channel」で、発災直後から現在まで能登の状況を発信し続けています。

想定していた連絡手段が、使えなかった

発災時、下口さんの自宅は倒壊を免れたものの居住できない状態となり、避難所への避難を余儀なくされました。地域には固定電話を使う家庭も多く、停電によって連絡網が機能しなくなったといいます。従業員の安否を確認しようと電話をかけてもつながらず、LINEでの連絡も機能しませんでした。従業員の多くが高齢で、日常的に利用したり確認したりする習慣がなかったことを、その理由に挙げています。最終的には、避難所で直接、安否を確認しました。

一方で、地域住民とは、LINEや避難所での直接のやり取りを通じて情報を得ることができました。発災から約1時間半後に出された避難所開設の指令も、行政から直接連絡を受けたのではなく、地域住民同士の情報伝達によって知ったものでした。

発災直後は、想定していた連絡手段が機能しないことがあります。日頃から地域や人とのつながりを持っておくことの大切さが、こうした経験からうかがえます。

平成19年の経験を踏まえた建て替え

「シモグチ」の店舗は、平成19年能登半島地震で全壊しました。当時は「100年に一度の地震」といわれ、北京オリンピックの影響で鉄骨の価格も高騰していましたが、2代目店主の判断で鉄骨造の建物へ建て替えました。その背景には、地震が発生する3分前までレジが使われていた記録が残っていたことがあります。幸い来店客に被害はなかったものの、「もし人的被害が出ていたら事業は続けられなかった」と感じたことが、建て替えの判断につながったといいます。

令和6年能登半島地震では、建物に傾きが生じたものの、倒壊は免れました。この備えが被害を小さくし、早期の営業再開につながったといえます。発災7日目頃から店舗の清掃を始め、1月10日に営業を再開。ちょうど避難所で入浴ができるようになった時期と重なり、衣類の需要が高まっていたこともあって、再開直後は多くの地域住民が来店しました。発災後2〜3週間は物流が止まっていましたが、手持ちの在庫を活用して営業を続けました。なお、近隣に同業種の事業者がおらず、事業者間の連携ではなく、自力で再開を進めたと振り返っています。

被災経験のない事業者へのアドバイス

平成19年、令和6年と、二度の大きな被害を経験した下口さんに、被災経験のない事業者へのアドバイスを伺いました。

1.想定以上の被害が起こることを前提にする

自宅や事務所では、タンスやテレビなどの家具・設備を日頃から固定しておくことが重要です。震度5程度であれば耐えられることもありますが、震度6〜7クラスになると、固定器具ごと飛ばされることもあるといいます。また、道路が寸断され、支援がすぐには届かない状況も想定しておく必要があります。「できる備えは、できるうちにしておくことが大切」と、下口さんは強く訴えます。

2.日頃からのコミュニケーションを大切にする

被災時は助け合いが欠かせず、平時からの人とのつながりが重要です。下口さんは、地域との関係性があったからこそ、避難所や地域のネットワークを通じて情報を得ることができたといいます。地域の事業者や取引先との日頃からのコミュニケーションが、有事の際の支えになります。

3.あきらめずに復旧・再建に取り組む

事業再開が思うように進まず、途中で挫折しそうになることもあります。それでも、支援してくれる人や事業者は必ずいると、下口さんは語ります。「命が助かることが第一。備えをしておけば、その後の再建の可能性は大きく変わる」と、被災経験を踏まえて振り返りました。

總持寺通り商店街では、多くの建物が倒壊し、現在も仮設店舗で営業を続ける事業者が多い状況です。下口さん自身も約1年間、仮設店舗で営業した経験があり、仮設店舗での営業は徐々に精神的な負担が大きくなると話します。本設店舗での再開が難しい事業者もいるなか、商店街組合全体で復興ビジョンを掲げ、地域のにぎわいを取り戻すための活動が続けられています。

日頃のつながりが、歩みを支えた —— 仮設施設で営業する「幸福さん」

▲ 「幸福さん」の店舗外観(店主 平田さん)
輪島市門前町の總持寺通り商店街にある仮設施設で、衣料品やお酒などを扱う地域密着型の店「幸福さん」。店主の平田さんにも、お話を伺いました。

地震と豪雨のなかで

2024年1月1日の発災当時、平田さんは輪島市門前町深見地区の親類宅に滞在していました。地震の直後、地面が隆起すると同時に潮が引いていくように見えたため、津波を警戒して車へ向かう途中、大きな揺れで転倒し、負傷されました。その日は自宅兼店舗に戻れず、親類宅で過ごしたといいます。翌日、自宅兼店舗へ向かうと、建物の一部破損と、隣接する店舗の倒壊を確認。最寄りの病院では受診が難しく、発災2日後に金沢へ移動し、5月まで入院されました。退院後は、仮設店舗が整備されるまでの間、週1回ほど自宅兼店舗で営業を続けました。

さらに、2024年9月の奥能登豪雨の直後も、平田さんは被害の大きかった深見地区にいました。地区内では前例がないほど川が増水し、家屋内に泥や流木が流れ込むなどの被害が発生したといいます。

周囲との助け合いに支えられて

お話から伝わってきたのは、発災から現在までの歩みを支えてきたのが、周囲との助け合いや地域コミュニティの存在だったということです。

地震の直後、避難所では、避難者同士が互いの持ち物を分け合いました。事業再開に向かう段階でも、近隣住民が商品の回収を手伝ってくれたり、以前から付き合いのあった事業者がお酒を購入してくれたりと、さまざまな支えがあったそうです。奥能登豪雨で深見地区が甚大な被害を受けた際にも、北陸大学の学生によるボランティア活動などの協力があり、修築によって復旧に至った家屋は少なくありません。

災害時の対応マニュアルや手順を整備することは、もちろん重要です。一方で、特に人口の少ない地域の小規模事業者にとっては、日頃から地域コミュニティの中で助け合いの意識を持ち、周囲とのつながりを築いておくことが、有事の際に自分自身や周りの人々を支える力になる——お話を伺い、そう感じました。

最後に

今回の視察やヒアリングを通じて改めて感じたのは、事業を守るうえで、「平時からの備え」と「人とのつながり」が欠かせないということです。「シモグチ」では、過去の被災を踏まえた建て替えが被害を小さくし、早期の営業再開につながりました。また、「シモグチ」「幸福さん」のいずれにおいても、地域や周囲とのつながりが、情報や支えをもたらしていました。

仮設店舗も、単なる営業の場ではありません。顧客とのつながりや地域のにぎわいを維持し、本設店舗の再開まで事業を支える重要な拠点となっています。

自然災害は、いつ発生するかわかりません。しかし、事前の備えによって被害を軽減し、早期の復旧・復興につなげることは可能です。事業継続力強化計画(ジギョケイ)の策定を通じて自社のリスクと対策を整理するとともに、有事の際に活用できる支援制度についても、平時から確認しておくことが、事業を守る重要な備えとなります。

被災事業者の言葉には、災害を経験したからこその重みがありました。事業を未来へつなぐために、今できる備えから始めてみてはいかがでしょうか。