毎回異なるシチュエーションを設定し、実践的な防災訓練を実施

株式会社白謙蒲鉾店

株式会社白謙蒲鉾店

代表取締役社長
白出哲弥
業種
製造業
所在地
宮城県石巻市立町2丁目 4-29
従業員数
202名
ホームページ
https://www.shiraken.co.jp/
宮城県石巻市の老舗「白謙蒲鉾店」は、東日本大震災での被災を契機に、BCPに向けた取り組みを強化。さらに定期的な訓練を通じ、その内容のブラッシュアップと、「自分の頭で考え、行動する」というマインドの強化を図っています。
インタビュー(12分19秒)
訓練シーン紹介動画(13分19秒)

素早く正確な判断で東日本大震災から復興

宮城県石巻市の名物として知られる「笹かまぼこ」。白謙蒲鉾店は、1912年にこの地で創業、以来110年以上にわたり、美味しいかまぼこ作りを続けています。

その石巻市は、2011年に発生した東日本大震災により、死者、行方不明者4,000人近く、住宅の全半壊2万3,000棟あまりという、最大の被災地となりました。 「石巻市内にある当社の3工場は、すべて津波による浸水被害を受けました。なかでも最も被害が大きかったのは魚町工場でしたが、幸い当日は原材料の水揚げがなく、工場は無人だったため、人的被害を免れることができました。自分がいた門脇工場では、翌々日まで従業員に工場内で待機してもらい、安全を確認した上で帰宅を指示しました。本社工場は、すぐ近隣に住んでいる会長が状況を確認、安全確保の陣頭指揮を執りました」(白出雄太氏)
株式会社白謙蒲鉾店 取締役副社長 総合管理本部 本部長 白出 雄太 氏
株式会社白謙蒲鉾店 取締役副社長 総合管理本部 本部長 白出 雄太 氏
製造拠点すべてが浸水を被るという大きな被害を受けた同社ですが、余震が続くなか、工場それぞれの状況を確認した白出氏は、現地での復旧を目指すことを決めます。
「幸い建物そのものには大きなダメージはなく、清掃、洗浄、設備の入れ替えで復旧は可能と判断しました。また並行してリース契約や地震保険の内容を確認し、復旧に必要な資金の手当てをシミュレーションしました。壊れた設備の撤去、泥の搬出に必要な重機はすぐに足りなくなると考え、ただちにゼネコンに手配を依頼しました。また消毒等に必要な次亜塩素酸水などの薬剤は、取引先である九州の事業者が、こちらからお願いすると、ことなく確保してくれていました」(白出氏)

本社工場は約1カ月後に、門脇工場は約3カ月後に復旧し、同社はいち早く事業継続に歩み出します。ただ白出氏は、この被災経験を通じ、「自然災害が到来することを想定し、事前の準備を行うこと」「有事の際、自分で考えて行動すること」の大切さをあらためて認識したと語ります。
「東日本大震災の際は、たまたま経営幹部が本社工場、門脇工場にいたため、適切な指示を通じ、従業員のパニックを防ぐことができたと思います。しかしもし幹部が不在となる早朝深夜の操業中や、人が入れ替わる出退勤の時間帯に発災したときは、従業員それぞれの判断で身を守るしかありません。もしあの時、きちんとした指示ができていなかったら、自宅に帰る途中に津波に巻き込まれる、また誤った場所に避難したために命が危うくなるといった可能性もあり、当社は大事な人的資産を失っていたかもしれないのです。そうした事態を防いで従業員の命を守り、また自社の事業継続を強固なものとするためには『万一を考えたマニュアルを整備し、災害を想定した訓練も怠りなく行うこと』、そして九州の取引先が依頼なしに消毒薬を確保してくれたように、『従業員ひとり一人が有事の際に自分の頭で考え、行動できるようになること』が、重要なカギになると考えるようになりました」(白出氏)

年2回の防災訓練で「頭を使い」「身体も動かす」

白出氏がまず取り組んだのが、ISO22301の認証取得でした。
「防災、事業継続のマニュアルの策定と見直しには、ISO22301が最適であろうと考えました。そこでリスクファイナンスでお世話になっていた損保会社にコンサルの推薦をお願いしたところ、ISO22301認証をサポートする関連会社をご紹介いただきました。2013年6月に契約、翌年2月に認証を受けるまで、密度濃く必要な整備を続けました」(白出氏)

その後、同社は2016年にレジリエンス認証も取得。さらに白出氏は、2019年に事業継続力強化計画を知ることになります。
「ISO22301認証は事前の目論見どおり、マニュアル作りとその更新には十分に効果的だとわかりました。しかしその一方で、内容を現場に浸透させるには難しすぎる難点がありました。それに対し事業継続力強化計画は『何に対して、どう行動する』という形で整理されているため、現場への理解が容易だと考えたのです」(白出氏)

株式会社白謙蒲鉾店の単独型事業計画 一部抜粋

自然災害等が発生した場合における対応手順
発災直後
人命の安全確保 従業員の避難
  • 自社拠点内の安全エリアの設定
  • 社内の避難経路の周知・確認
  • 避難場所まで訓練時に確認
  • 初動対応のため、ヘルメット、 救助用ボート、拡声器、担架、 懐中電灯、長期保存食品等を備蓄
従業員の安否確認
  • 安否確認システムの導入
  • 従業員の緊急連絡網の整備(携帯電話番号、メールアドレス、SNS等)
生産設備のシャットダウン方法
  • 緊急時の機械停止手順及び避難までのシャットダウンの周知・ 確認
顧客への対応方法
  • 顧客の避難場所の周知、誘導の責任と権限の明確化
発災後1時間以内
非常時の緊急時体制の構築 代表取締役会長・代表取締役社長を本部長とした危機対策本部の立ち上げ
  • 設置基準の策定
  • 危機対策本部の体制整備等
発災後12時間以内
被害状況の把握
被害情報の共有
被災状況、生産・出荷活動への影響の有無を確認し当該情報の第一報を顧客及び取引先ならびに自治体・地域住民、マスコミ、 関係官庁に報告
  • 被害情報の確認手順の確認
  • 被害情報および復旧の見通しに関する関係者への報告方法、対外的な情報発信方法の策定等
事業継続力強化に資する対策及び取組
自然災害等が発生した場合における人員体制の整備 く現在の取組>
  • 正社員以上は危機対策本部員として任命し緊急参集要員に任命。参集できない場合の例もリスト化し、通勤距離が概ね20km以上の場合や年齢や持病も考慮したものとしている。
  • 自然災害時を想定して、社員の多能工を進めている。
  • 複数の派遣会社と繁忙期を中心に平時から取引しており有事の際の参集要員としても機能。
  • 水産練り製品製造技能士の育成を継続的に行い、手作りでの生産が可能。

く今後の取組>
  • 対策本部の各班に割り振られた役職員が、自らの役割や行動を理解し、実践を助けるための「災害対策本部連営キット」の作成をする。
  • 当該キットを用いた初動対応訓練を実施する。
事業継続力強化に資する設備、機器及び装置の導入 く現在の取組>
  • 重要設備や機器・備品等に関して壁面や床面等に直接アンカーボルトや金具により固定。
  • 門脇工場に関しては天井の落下防止改修工事を実施。

く今後の取組>
  • 現在の取組を継続し、併せて停電時においても重要業務の運営に支障が発生させないため に弊社門脇工場内の原材料や製品の保管庫と対策本部が設置される管理棟に必要な電源を確保できるよう自家発電設備の導入を検討する。
事業活動を継続するための資金の調達手段の確保 く現在の取組>
  • 現在、火災保険に加入。火災保険の対象範囲は建物、生産設備、在庫までの契約であり、水災補償特約や地震保険も契約。
  • 地震による被災発生の際、必要とする場合は緊急融資が受けられるよう、地元金融機関や都銀、政府系金融機関まで平時からコミュニケーションを大切にしている。なお、日本政策投資銀行とは、BCM格付融資も実行していただいている。

く今後の取組>
  • 現在の取組を継続し、収益に見合うリスクファイナンスの充実を図る。
  • 平時から災害時の初動対応に必要とする現預金を保持するため、必要に応じ金融機関と折衝し、運転資金を確保する。
事業活動を継続するための重要情報の保護 く現在の取組>
  • 津波による浸水に備え、 サーバーや重要情報を2階以上に設置。
  • 停電に備え紙媒体でのデータ保管も実施。
  • ファイルサーバーのメディアバックアップを毎日実施。
  • 顧客情報を保管するクラスター型サーバーに関してもデータのバックアップを毎日実施。
  • 24時間365日対応の保守契約を行い、UPSも設備している。

く今後の取組>
  • 現在の取組を継続し、併せて顧客情報を保管するクラスター型サーバーと通販システムに関してクラウド環境を利用することで通常時とは異なる拠点からのシステム利用が可能となるようにリモート業務環境の整備を検討する。
事業継続力強化計画策定により、より現場にもわかりやすい有事対応の体制を整えた同社は、定期的な防災訓練を通じ、従業員への「自分の頭で考え、行動すること」の浸透を図っていきます。
「年2回行う防災訓練では、午前の早い時間帯に、勤務の明けた深夜勤務の従業員の訓練を、お昼に日勤の従業員の訓練を行います。ここでとくに留意しているのが、同じパターンの繰り返し、つまり『訓練のための訓練』にならないようにするための、毎年のシチュエーションの見直しです。たとえば『大津波警報が発令された』という状況では、『建物の上階に垂直避難する』という行動が、まずは最適解となります。しかしこの設定でそのままに訓練を続けると、『津波→上階に避難』という図式が、その他の状況にかかわらず固定化されてしまいます。そこで『建物には火災が発生し、上階への避難ができない』という要素を加えるなどして、『状況に合わせどう行動するのが最適解か』を考えてもらうことにしているのです。ほか近年では『工場の屋上のソーラー発電装置が被害を受け発火した』というシチュエーションで、設備等の機器に応じた消火方法を学ぶなど、実践的な内容も採り入れています」(白出氏)

また想定する事象は自然災害に限定せず、事業継続にかかわる可能性のあるものをすべて対象にしているということです。
「感染症発生や、情報漏洩なども、訓練のテーマです。ただそうした事象の場合、製造現場と経営層では内容に違いを持たせてます。生産現場では『感染症を発生させないため』『情報漏洩を起こさないため』に、どうすべきかをメインに。経営層についてはそれに加え『発生してしまったらどう対応するか』も、訓練の内容となります」(白出氏)

こうした訓練には、実際に身体を動かし、学習する内容も含まれているとのことです。
「門脇工場は住宅の建設が認められていない工業専用地域のため、大がかりな訓練が可能です。そこで消防署や警備会社の協力のもと、実際に火を起こして消火器で消す訓練や、擬似的な火災現場で“煙に包まれた状態”を再現する『煙体験訓練』も行います。避難訓練では、工場の裏手にある防災道路『高盛土道路』への避難や、そこを経由しての避難場所への移動も体験しています。これらの訓練には、本社工場勤務の従業員も参加します」(白出氏)
けが人を背負っての「垂直避難」訓練
けが人を背負っての「垂直避難」訓練
さす又を使った「暴漢対策」訓練
さす又を使った「暴漢対策」訓練
煙の中の視界などを確認する「煙避難」訓練
煙の中の視界などを確認する「煙避難」訓練
消火器の使い方に慣れるための「消火」訓練
消火器の使い方に慣れるための「消火」訓練
放水器の使い方に慣れるための「消火」訓練
放水器の使い方に慣れるための「消火」訓練
避難用ボートの組み立て方などの確認
避難用ボートの組み立て方などの確認
津波の速度で追ってくる車による「津波速度」体験
津波の速度で追ってくる車による「津波速度」体験
非常食の置き場所、備蓄量の確認
非常食の置き場所、備蓄量の確認

事業継続力推進で新入社員採用にも大きな効果が

さらに同社は、勤務時間以外の時間や、従業員それぞれの家庭における防災、有事の際の人的被害の軽減も大きなテーマとしてとらえています。
「中小企業ゆえ予算に限りがあり、たとえば『防災にかかわるさまざまなものを各従業員の家庭に配る』といったことはできません。そのかわりに、従業員とのコミュニケーションを密にして、『有事の際にどうやって身を守るのか』を各自に意識してもらう、ソフトウェア的な啓蒙に取り組んでいます。一例を挙げると、定期的に行ってるアンケートです。このアンケートでは、当社が入手した各地の自然災害の状況、石巻市が自然災害で被災したときに想定される被害など、さまざまな情報を読んでもらった上で、自身、そしてご家庭の状況について答えてもらうという形式をとっています。回答を進めることで、『自宅内の地震対策ができているのかどうか』『感染症拡大を防ぐにはどうすれば良いのか』など、ご自身や家族をさまざまなリスクから守るための知識を自然にご理解いただけると考えています」(白出氏)

そしてこうした取り組みは、新入社員の採用にも好影響を与えているとのことです。
「日本全国で人手不足が課題になっていますが、ここ石巻市でもそれは同様です。さらにこれまでは事務職はなんとか人を確保できても、製造現場を担う若手がなかなか雇用できないという状態が続いていました。しかし当社のこうした事業継続に向けた取組みや社員を守る姿勢が広く知られるにつれ、製造現場を志望する若者が徐々に集まるようになってきました。石巻市は先に申し上げたように震災で大きな被害を受け、それまで順風満帆だった企業も復興の道を歩めずに事業を終えてしまう例が多く見られています。そうした背景から、若者にとって当社は『経営を脅かす大きなリスクに対しても立ち向かい、成長を続けることができる』『社員と家族の命と健康を考え、守ってもらえる』というイメージで受け入れられたことが、志望者増の要因のひとつになっていると思います」(白出氏)

最後に白出氏に、震災からの復興、その後の事業継続計画策定を通じ得たものを、メッセージとしてうかがいました。
「お伝えしたいことは色々ありますが、やはり強調したいのは『有事の際に使えるのは、平時から使っているものだけ』ということです。有事に備えていろんな資材や設備を用意し、マニュアルを整備しても、いきなりの本番では、十分に使いこなせるかどうかはわかりません。それよりも準備したものを使いこなせるかどうか、また足りないものはないかを定期的な訓練で見直し、さらにその訓練により“いざというときの心の備え”を経営者、従業員ともに培っていくことが大切だと思います」(白出氏)

専門家のコメント

ジギョケイの目的に「自然災害時においても、人命を最優先として従業員と家族の安全と生活を守る」と記載している企業は多いです。

この目的を実効性のあるものにするのが「教育・訓練」であり、白謙蒲鉾店さんは毎月、社員の訓練を実行されています。平時にできないことは有事にもできないので、平時から有事に活用できる各種の資機材を使用した訓練で慣れておく必要があります。

経営者が不在でも、自らが考えて行動できる社員を育てることは、「事業継続力の向上」に結び付く、素晴らしい事例です。
SOMPOリスクマネジメント株式会社 エグゼクティブコンサルタント
高橋 孝一 氏

横浜国立大学工学部化学工学科卒業後、1980年に保険会社入社、44年間、企業のリスクマネジメントを専門に歩み、『リスク管理体制構築支援』、『火災・爆発・風水害などの事故防止』、『製造物責任対策』、『事業継続マネジメント(BCM)』、『海外危機管理対策』、『コンプライアンス』などのコンサルティングの提供やリスクマネジメントセミナーの講師等で活動中

◆主な資格・社外団体役職
 NPO 事業継続推進機構
 文化庁美術品保証制度部会専門調査会会長

◆官庁・経団連等で有識者として参画している委員会
 内閣府  :2005年から「事業継続ガイドライン」の策定に参画
 中小企業庁:2005年から「事業継続ガイドライン」の策定に参画
      :2018年から「中小企業強靭化研究会」委員
 経済産業省:2016年から「地域連携BCP普及検討会」委員
高橋 孝一 氏
高橋 孝一 氏

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