地域の魅力発信に向けた事業継続取組~商工会の支援を受け、認定取得~
食の天草 にじ
天草の美味しい柑橘の商品化を目的に起業した「食の天草 にじ」は、創業から10年を過ぎ、代表者の子息が事業に参画することを機に、“きちんとした会社的な仕組み”の導入を模索。その一環として、現地天草市商工会の手厚いサポートを受け、ジギョケイを策定した。
インタビュー(9分7秒)
美味しさにこだわり、特産品の「天草晩柑」を手作業で搾汁
有明海に面し、風光明媚な観光地としても知られる熊本県天草市。「食の天草 にじ」は、この地の柑橘類を中心とした農産物を原料とした食品を手作りで製造しています。
将来への不安から、仲間がひとりふたりと去る事態に
現在これらの商品は、工場に隣接した直売所、島内各所のお土産物店で販売されるほか、インターネット通販で広く全国で人気を集めています。しかし創業からの歩みはけっしてスムーズではなかったと、本田氏は振り返ります。
「私の嫁ぎ先はミカン農家で、専業主婦としてジュースやゼリーを手作りして子どもに食べさせてました。そしてその延長みたいな形で、JAの女性部の活動でケーキ作り、ゼリー作りをやってたんです。そうした活動のなかで『こうして手作りしたものを世に出し、もっと多くの人にお届けしたい』と思うようになりました。そこでその女性部の有志とともに、JAのサポートを受け起業することを決めました」(本田氏)
しかし集まった女性たちにはみな家庭があり、家事や子育てにも追われていました。
天草市商工会の働きかけで、ジギョケイへの取り組みを開始
販売が軌道に乗ってからは、直売所に加え、土産物店への委託や通販など、販路を順調に拡大します。そして令和4年夏、新たなメンバーとして本田氏の子息も事業に加わることになりました。
「これまで無我夢中で事業に打ち込んできましたが、10人以上が働く規模になったこと、さらに息子が仕入れや営業、さらに裏方の事務など私がこれまでやってきた仕事を分担するようになり、そろそろ“ちゃんとした会社的な仕組み”が必要だと痛感するようになりました。人の置かれた環境は、時間の経過によって必ず変化します。子育てが一段落したら親の介助が、そうしているうちに進学でお金がかかるとか、従業員ひとり一人により異なる事情をしっかり受け止めることができる組織でないと、これ以上の拡大はおろか、継続すら難しくなる可能性もあるのです。 そんななか、天草市商工会からの案内でジギョケイの説明会が行われることを知りました。正直、ジギョケイって何かよくわかってなかったんですが、チラシに感染症や天災への対応といった内容が書いてあったので、しっかりとした組織を作る上で必要かなと思い、参加を決めたのです」(本田氏)
いままで気づかなかった、すぐそこにある土砂災害のリスク
本田氏がこのジギョケイのセミナーに参加したのは、令和4年10月でした。
「参加はしたものの、実際に動き出すまでには時間がかかり、認定の申請は年が明けた令和5年4月でした。計画作りでまず印象に残ったのが、自分たちには思いもよらなかった天災のリスクです。 工場と直売所は廃校になった学校の跡地にあります。海が近い土地ですが、心配なのは、数年に一度襲ってくる台風くらいで、それも強風の被害はあっても高潮とは無縁でした。 しかしヒアリングに訪れた専門家は、天草市の防災ハザードマップを示しながら、直売所の向かい側にある事務所の裏山の地盤が脆弱で、大雨で土砂崩れの恐れがあると指摘してくれたのです。そして計画は、大雨のときにどうするかを中心に、事業継続に支障が出る可能性のある感染症対策を含め、まとめてもらいました。 具体的には土砂災害のリスクが高まったときの避難経路や避難場所の周知、従業員の連絡網の整備、クラウドへのデータのバックアップなどです。こうして商工会が、リスクの洗い出しから対応策の検討まで全面的にサポートしてくれたことで、ジギョケイの策定と申請はスムーズでした」(本田氏)
想定されるリスク:地震
リスク発生による影響
- 立地する天草市は今後30年以内に震度5強以上の地震が発生する確率が36.3%
対応策と効果
- 事前対策として、工場および事務所に防災マップに即した避難経路、避難場所を周知する。
- 事業所内に安全エリアを設定する。
- 自宅待機の判断基準、指示基準を作成する。
- 災害発生時にはLINEを用いた連絡網で安否確認を行う。
- 今後の計画として、土砂災害発生時に近隣に居住する従業員を「緊急参集要員」として任命する。
想定されるリスク:水害・土砂災害
リスク発生による影響
- 天草市防災マップでは、浸水想定区域は浸水深1〜2m。
- 事務所裏手の山からの土砂災害のリスクあり。
- 営業時間中に土砂災害を被災した場合、設備の故障、避難中の転倒などにより、ケガ人が発生する。
- 公共交通機関が停止すれば、従業員が帰宅困難になるほか翌営業日の参集が困難になる。
- 事務所が浸水もしくは土砂災害に遭うと、電子機器およびサーバーが破損し、データ復旧作業が長引くと取引先への支払い、納期の遅延により、信頼関係が損なわれ、経営に大きな影響が生じるおそれがある。
- 道路が冠水すると原材料の調達、商品の出荷が不可能になるおそれがあり、取引先と約定どおりの商品納入を行えないなどの事態が想定される。
対応策と効果
※地震時の対応策と効果と同様
想定されるリスク:感染症
リスク発生による影響
- 感染症が全国各地で発生した場合、事業の継続に支障をきたす可能性がある。
- 従業員が感染した場合には飛沫や接触により、コピー機や端末、文房具などの共有物や水回りなどに病原体が付着すること、感染拡大防止のためのコストが想定され、生産活動の縮小もしくは営業活動を一時的に停止することなども考えられ、また財務情報など重要な情報を扱う従業員が通勤できなくなり、事業活動に影響が生じるおそれがある。
対応策と効果
- 工場および事務所内に消毒液の設置、従業員や家族の手洗い、マスク着用を徹底する。
- 自宅待機の判断基準、指示基準を作成する。
- 体調不良の従業員の出勤停止や交代勤務などを整備する。
- 平時から感染症発生を想定し、具体的な対処方針を天草保健所に相談する。
ジギョケイでB2B事業の信頼性向上、さらには地域おこしも
一方、ジギョケイの策定で事業継続力を強化することは、事業のもうひとつの柱に成長したB2B分野の拡大にも大きく貢献すると本田氏は考えています。
「私たちの工場では、自分たちで原料から加工して販売する商品のほか、全国各地のお取引先さまから農産物を原料とする商品の試作やOEM製造を引き受けています。商品の試作は50本という小ロットから対応できること、OEMは自分たちの商品と同じく丁寧に手作りしていること、さらにHACCPの考え方を採り入れた工程管理が高い評価をいただき、口コミでお客さまも広がっています。もし天災などで事業継続が難しくなった場合、製造直売だけならお店をしばらく休み、再起の準備を進める対応で十分ですが、試作やOEM製造は、お取引先さまにご迷惑をおかけすることになります。事業継続への取り組みをきちんと整備することが、お取引先さまのさらなる信頼獲得に役立つはずです」(本田氏)
さらに本田氏は、もう一歩進んだBCP対策も視野に入れています。
「天草地方には、私たちと同じく手作りにこだわって農産物加工品を製造、販売している業者さまが複数いらっしゃいます。今後はそうした業者さまと横の連携を深め、万一こちらの工場が被災するなどした場合でも、場所をお借りして生産を続けられる体制づくりを進めていければと考えているところです」(本田氏)
そして本田氏が考える未来は、特産品の物販をテコにした、天草の地域おこしと振興です。
「私たちの商品を手に取り、味わっていただき、『この美味しさを生み出したのは、どんな土地なんだろう』と思った方々が天草を訪ねてくれることを心から願っています。そして先にお話しした同じものづくりの仲間たちとの連携も、そうした天草を盛り上げる活動の一環にできれば、とても幸せだろうと思います」(本田氏)
家庭の台所の延長ではじめたものづくりから、本格的な事業に結びついた本田氏の情熱は、ジギョケイをきっかけに地域活性化の取り組みへと発展することになりそうです。
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