継続的な取り組みで「安心できる観光地」実現を

道後温泉旅館協同組合

理事長
奥村敏仁
業種
事業協同組合
所在地
愛媛県松山市道後湯之町6-8
組合員数
32(営業27社32施設・休業5社)
1966年に協同組合として成立。愛媛県道後地区の宿泊業を営む事業者による組織で、日本三古湯のひとつである道後温泉の歴史と伝統を守りつつ、愛媛県、松山市の観光関連事業のけん引役を担っている。旅館業の事業停止による県内外の事業者への影響も考え、連携事業継続力強化計画へ取り組んだ。
インタビュー(7分2秒)

結成の目的は「貴重な観光資源」を守り伝えるため

愛媛県松山市の道後温泉は、その泉質だけでなく、“日本最古の温泉”としても有名です。伊予国風土記には「大国主命(おおくにぬしのみこと)が重病にかかった少彦名命(すくなひこのみこと)を手のひらにのせ道後温泉の湯で温めたところ、元気になった」との逸話も残されています。

「江戸時代、道後温泉は松山藩の管理の下に置かれました。大きな転機が訪れたのは明治期です。道後湯之町の初代町長に就任した伊佐庭如矢は、地元の有志から資金を集め、老朽化していた道後温泉本館の改築に取り組み、現在の繁栄につながる礎を築きました。このとき資金を出した人に交付された『永久入浴券』は、いまでも使われています。道後温泉は現在、道後温泉本館、源泉とも松山市が管理しており、この源泉から湯を供給してもらっている施設のみが“道後温泉”を名乗れるという決まりになっています。源泉の一部を自治体が管理している温泉は他にもありますが、道後温泉のように、そのすべてを市が管理しているというのは、日本でもここだけだと思います」(奥村氏)

道後温泉旅館協同組合は、その道後の湯を守るために結成された組合です。
「いわゆる組合として認可を受けたのは1939年ですが、現在の法律に基づいて協同組合として成立したのは1966年で、私は今年、9代目の理事長を拝命いたしました。こうした宿泊業の組合の多くは同業者が集まり、その利益を守ることを目的としていますが、当組合は道後の湯を乱開発から守り、貴重な財産として将来に伝えていくために活動しています。またそのために、松山市の道後温泉事務所、商店街振興組合、一般の住民も加わった誇れるまちづくり推進協議会と連携し、持続可能な観光地づくりを進めています」(奥村氏)

コロナ禍からの出口戦略としてジギョケイを検討

この道後温泉も、日本のその他の観光地と同じく、コロナ禍で大きな打撃を受けました。

「最初の緊急事態宣言が発出された2020年の5月には、組合加盟施設の宿泊者数が前年比97%減という、壊滅的な状況となりました。県境をまたぐ移動の自粛が呼びかけられたことに加え、観光の目玉である道後温泉本館、外湯など、松山市が管理する施設すべてが閉鎖になってしまったのです」(奥村氏)

この非常事態に、組合に加盟する事業者の間に、事業継続に影響を与える感染症拡大、さらには大きな災害に備えなければならないという機運が生まれたといいます。

「まずは組合として地域を守るための取り組みを模索しました。2021年6月にワクチンの職域接種がスタートしたときには真っ先に手を挙げ、各組合員の従業員、商店街の人、近隣施設で働く人なども含め、5000人に接種を行いました。その一方で、コロナ禍の出口を見据えての取り組みもスタートしました。そのひとつが、事業継続力強化計画(ジギョケイ)の策定と申請だったのです」(奥村氏)

ジギョケイはそもそも、現理事長がオーナーを務める「大和屋本店」単独で、申請に向け動いていました。

「コロナ禍以前ですが、南海トラフ地震を想定した施設の耐震問題が、組合として取り組むべき課題になっていました。この対応のため、各事業者が施設の建て替えを進め、課題解決に目途がついたのが2019年です。
この地震対策の一環として、組合は各事業者の従業員に『防災士』の資格取得も奨励していました。大和屋本店では、さらにこれと並行し、主に補助金申請のための下準備ということではありますが、ジギョケイの申請に向けて作業を進めておりました。
そのタイミングでコロナ禍が到来し、先ほど申し上げた“出口を見据えての取り組み”として、前理事長が、組合として連携してのジギョケイ申請を打ち出したのです。南海トラフ地震に向けた一体的な取り組みの経験、そしてコロナ禍の影響をまさに身近に感じていたことから、ジギョケイ申請に異論は出ませんでした。また組合組織の副理事長職3名のうち、1名が『総務・厚生並びに危機管理担当』であることから、BCPや危機管理は本来業務としての取り組みであるという理解も進んでいたことが、大きな要因だったかと思います」(奥村氏)

想定されるリスク:地震

リスク発生による影響
  • 連携企業の一部は、急傾斜地の崩壊、山肌が崩壊して生じる土石流、土石流危険渓流等のエリアに立地もしくは隣接、施設に被害が及ぶ可能性がある。
  • 公共交通手段の運行停止や道路寸断等により、宿泊客の移動手段が制限されるほか、従業員も帰宅困難になる。
  • 設備の落下、避難中の店頭等により、宿泊客や従業員にけが人が出ることも想定される。
  • 一部連携企業で内部の施設、特にトイレが使えなくなる可能性、電気設備やボイラー設備が稼働不能となるおそれがある
  • 交通手段の遮断、被災による営業停止などで宿泊料収入が得られず、運転資金が逼迫するおそれがある。
  • 一部連携企業の事務所内サーバーに被害があった場合、重要情報が喪失し、取引先への支払い、売掛金の回収が困難になることが想定される。
対応策と効果
  • 大規模な地震、風水害等により道後温泉地区の宿泊客が帰宅困難になり、引き続き宿泊を希望した場合、状況に応じて発災後も引き続き宿泊客を受け入れる。
  • 被災し受け入れできない宿泊施設の宿泊客については、組合員26企業のほか、愛媛県中予地方局と調整し受け入れる。
  • 被災ホテルの緊急応援に関する人員派遣について、組合員26企業で合意する。
  • すべての連携企業は、従業員および顧客等の避難、従業員等の安否確認に関する手順を取り決めている。
  • すべての連携企業は、外国人宿泊客の避難誘導や救護措置に多言語フリップボードを用い、インバウンド回復に向けた危機管理に備える。
  • 連携企業は1時間以内に災害対策本部を立ち上げ、12時間以内に各社の被災情報を「災害対策連携本部」に報告、同本部は情報をとりまとめ、松山市に発信するとともに、関係機関等からの問い合わせに対応する。
  • 連携企業16社に第4級アマチュア無線技士の有資格者がエリア別カバー体制をとり、非常時には内閣府の方針に準じて情報収集、情報発信手段として活用する。
  • 災害発生時における取引銀行との資金繰り相談については、組合が道後の銀行3行を主とした啓発セミナー等の開催を検討し、リスクに備える。
  • 連携企業の半数弱は、重要情報をクラウド管理へ移行済み。自社サーバーで重要情報をバックアップする各社もクラウド管理への移行を予定する。
  • 宿泊情報については、非常用電源を備え停電に対策するほか、各社で紙出力徹底を図る。

想定されるリスク:感染症

リスク発生による影響
  • 感染症拡大局面においては、人の移動が制限されることで、事業活動に大きな制約が生じる場合がある。
  • 従業員の罹患、家族感染による自宅待機等により、マンパワー低下のみならず営業停止も想定される。
  • すべての連携企業でマスク、消毒薬等の衛生用品が入手しづらくなり、従業員の感染防止対策を講じることが困難になる。
  • 消毒や新たな設備、備品購入のためのコスト増、全巻消毒のための営業活動一時停止が想定される。
  • 感染症が拡大し、行政から外出自粛要請等が出された場合には、宿泊客減少による売り上げ低下が予想される。
  • 外出自粛が長期化すれば、運転資金が逼迫し、その間資金調達ができなければ運転資金が枯渇することが予想される。
  • システム担当の従業員が罹患した場合には、総合予約、会計、取引関連の情報管理等、正常な事業活動に支障をきたすおそれがある
対応策と効果
  • 全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会、日本シティホテル連盟が策定した「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン」に基づく組合オリジナルの「道後ルール」に則り、具体的に定めた11の感染防止対策を遵守する。
  • 松山市および保健所の指示に基づき、宿泊者の入館・チェックイン手続きにあたり「新型コロナウイルス感染症対応フローチャート」に沿った病状確認および状況に応じた対応を遵守する。
  • 宿泊客および従業員が新型コロナウイルスの濃厚接触者、感染者となった場合の対応を遵守する。
  • 感染症発生時における取引銀行との資金繰り相談については、組合が道後の銀行3行を主とした啓発セミナー等の開催を検討し、リスクに備える。

まず対応可能な17事業者とともに連携、「相互扶助」を明文化

ただ、同組合を構成する宿泊施設は、大規模な旅館からごく少人数、家族単位で運営するところまで、規模はさまざまでした。

「宿泊業というのはお客さまに接する業務を最重要視しているため、管理部門は一般企業に比べ、ぜい弱です。そしてそうした特性は、規模が小さくなればなるほど、顕著です。今回の申請においては、まず連携してジギョケイに取り組むことができる17事業者とともにスタートすることとなりました」(奥村氏)
こうして策定したジギョケイは、事業継続に影響が出る大規模災害や感染症拡大が発生した場合、組合員同士の相互扶助と県や市との連携、関連する約1000社超への協力要請、宿泊者の安全確保、事業継続を可能とする対策、帰宅困難者への対応などについて、各事業者が連携してあたることを定めています。
「具体的な内容については、私どもが単独で進めていたジギョケイの中身に加え、愛媛県中小企業団体中央会へ相談し、支援していただいた内容を肉付けしていきました。これ以前にも、組合の設立の目的から『相互扶助』は息づいていましたが、ジギョケイの策定により、それがはっきりと明文化されたと思っています」(奥村氏)

そしてこうして策定されたジギョケイを、さらに有意義なものとするための取り組みを、組合は続けています。
「私どもの組合は理事会を中心に運営されていますが、その理事会はこうした組織にしては珍しく、毎月開催されているのが特徴です。また理事会の他、年に1回、組合が主導する形で、道後地区での防災訓練も行っています。さらに防災や人命救助には『連絡』『情報伝達』が不可欠ですが、東日本大震災をはじめとする大災害で携帯電話を使っての連絡が困難になったことを鑑み、アマチュア無線を使い連絡することを想定しています。各事業者に少なくとも一人の『アマチュア無線資格技士』の資格保有者を置くことを推奨し、ハードウェア面でも、高台にある『道後山の手ホテル』8Fの標高90mにデジタル方式のアマチュア無線用中継局を設置し、道後地区だけでなく、松山市を広くカバーしています」(奥村氏)
また組合として、BCM(事業継続マネジメント)への取り組みも継続して進めるとのことです。

「昨年11月のジギョケイの認定を受け、今年からは年に2回、『BCM推進会議』を開催し、ジギョケイで策定した内容のさらなる具体化、アップデートを図っていきたいと考えています」(奥村氏)

適正な観光客数と安全体制で“質の高い観光地へ”

最後に道後温泉旅館協同組合としての今後の展望をうかがいました。

「現在、オーバーツーリズムが世界各地で問題となっていますが、道後温泉はその言葉が広がるよりはるか以前、本州四国連絡橋の『瀬戸大橋』『明石海峡大橋・大鳴門橋』『しなまみ海道』が順次開通するたびに多くの観光客が押し寄せた経験を持っています。
この経験から、お客さまの集中は満足度の低下、地域の疲弊につながり、観光地としての持続可能性とは相容れないものだと学びました。以降は適正な規模のお客さまにご満足いただくことを主眼に、耐震補強での建て替えでも、各施設は収容規模を縮小しています。
今後の道後温泉は、このようにオーバーツーリズムとは無縁の“質の高い観光地”を目指すとともに、私たちのジギョケイへの取り組みにより“安心できる観光地”でもありたいと思っています。
さらに規模や人的リソースによる課題から現在ジギョケイの連携に含まれない事業者についても、さまざまなサポートでジギョケイの連携の輪に加わることを働きかけていきたいと思います」(奥村氏)
2024年7月までには、現在継続中の「道後温泉本館保存修理」がひと段落し、工事用の囲いが外され、再びその姿を現すことになります。 「加えて2024年は伊佐庭如矢の本館改築から130周年ということもあり、コロナ禍からの本格回復を広くアピールする年にしたいですね」(奥村氏)

関連記事